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東京高等裁判所 昭和32年(ナ)3号 判決 1958年7月07日

原告 加藤哲夫

被告 保谷町選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が昭和三十二年八月二十六日なした「昭和三十二年七月十六日執行の保谷町農業委員選挙における当選人加藤哲夫の当選はこれを無効とする」との決定をとりけす、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、請求原因としてつぎのとおりのべた。

一、原告は昭和三十二年七月十六日執行の保谷町農業委員会委員選挙に当選し、即日被告から当選決定の通知をうけ、原告はこれを承諾した。

二、しかるに昭和三十二年七月二十日訴外本橋利平から被告にたいし原告のみぎ当選の効力に関する異議を申立てたところ、被告はこれをいれ昭和三十二年八月二十六日請求趣旨記載のとおり原告の当選を無効とする決定をした。決定の理由は、原告は農業委員会等に関する法律第八条第一項にいうところの農地につき耕作の業務を営む者にあたらないから被選挙権を有しなかつたものであるというのである。原告はこれに不服であつたから、昭和三十二年九月六日東京都選挙管理委員会にたいして、みぎ決定のとりけしを求める旨の訴願をしたけれども、同委員会は昭和三十二年十一月二十八日みぎ訴願を棄却するとの裁決をした。

三、しかし、原告は毋スミから、その所有の畑三反一畝十歩を無償で使用することの承諾をうけ、昭和二十七年十一月十六日以後これを耕作している。原告は昭和三十二年中に一時耕作をやめなければならないようになつたが、それは原告が耕作のしごとをはじめると、原告の弟らがカマやクワを振り廻して原告に危害を加えようとするためにそうなつたのであつて、決して、原告が耕作権を放棄したものではない。原告は本件選挙前すでに二期も保谷町農業委員に当選し、その責任をはたして、保谷町農民の大なる信望を得ている。原告は昭和三十一年十一月二十四日東京都知事から不動産取引業の登録認可をうけたけれども、それは、耕作の業務を営むことをやめたからではない。ただ当時不動産引業がだんだん制限されるといううわさがあり、また、そのころ原告は本件農業委員の選挙に立候補する意思がなかつたので、将来の生活安定のため登録を得ておいたまでで、じつさいには、一度も不動産取引をとりあつかつたことはない。また農業委員会等に関する法律その他において、農地耕作のほか、かねて他の業務をいとなむことを、農業委員会委員の被選挙権の欠格条件とする規定はみられない。だから、かりに原告が不動産取引業者と認められるといとしても、原告が、二十歳以上であり、一反歩以上の農地を耕作している限り原告に被選挙権がないとされるわけがない。前記決定において原告に被選挙権がないとするところは全く理由がなく、その他原告の当選をさまたげる事由はない。よつてみぎ決定のとりけしを求めるため本訴におよんだ次第である。

四、被告の本案前の主張についてはつぎのとおりのべた。

行政事件訴訟の被告は原則として「処分をした行政庁」である。本件選挙に関する訴訟も行政事件訴訟の一である。本件において、被告が原告の保谷町農業委員会委員当選を無効とする旨の決定をしたのにたいして原告から東京都選挙管理委員会に訴願したところ、同委員会はこれを棄却したのであるから、原告の当選を無効とする被告の処分はそのまま有効に存続している。もとより訴願庁たる都委員会の裁決も行政処分であるが、原告が司法裁判所にたいし救済を求めるところは被告のした当選無効決定のとりけしである。かかる場合原処分庁たる被告を相手方として原処分のとりけしを求めることは公職選挙法第二〇三条、第二〇七条の規定に違反するものではない。

みぎ公職選挙法において司法裁判所に出訴するにつき異議訴願の二段階を要求しているのは、訴訟の提起にさきだつて一応行政機関の反省を求め、行政機関による自主的解決をまつためである。すなわち出訴の要件として訴願前置主義を採用したにすぎず、訴訟上都道府県選挙委員会を高等裁判所の下級審としたものではない。したがつて高等裁判所において審理される事項はたんに裁決の当否に限定されるものでなく同時に選挙または当選の効力につき判断をうけるのである。前記公職選挙法の規定は出訴の要件としての訴願前置主義を規定したもので、訴の内容や被告を誰にするかの点を限定したものではない。もしこれに反し行政事件訴訟における訴願前置主義の規定を厳格に解し、これによつて訴訟の内容や当事者が一般原則を排して限定されることになればそれは憲法第三二条に違反するおそれを生ずる。

(証拠省略)

被告訴訟代理人はまず原告の訴を却下する旨の判決を求め、その理由としてつぎのとおりのべた。

本件は、昭和三十二年十一月二十八日付で東京都選挙管理委員会のなした原告の訴願にたいする裁決に不服のために農業委員会等に関する法律第十一条において準用する公職選挙法第二〇七条の規定によつておこされたものであるから、訴願裁決庁である東京都選挙管理委員会を被告とすべきであつて(最高裁判所昭和二十三年(オ)第一六六号事件・同二十四年八月九日判決)、保谷町選挙管理委員会を被告とするはあやまりである。

公職選挙法第二一九条によると選挙関係訴訟については行政事件訴訟特例法第三条の規定は適用を除外されているから公職選挙法第二〇七条が選挙管理委員会の被告適格について定めていないとすれば選挙管理委員会が被告となることについての条文上の根拠を欠くことになる。同法第二〇七条は単に訴願前置のみを規定した条文ではなく、訴訟当事者、出訴期間ならびに管轄裁判所等についての規定といわなければならない。同法第二〇七条および関係条文によると市町村選挙管理委員会の決定に不服ある者が訴訟を提起するには必ず都道府県選挙管理委員会に訴願しなければならず、かつその裁決に不服のある者でなければ高等裁判所に出訴することができないことになつているのであるから、不服の対象となるものは都道府県選挙管理委員会の裁決そのものであつて、市町村選挙管理委員会の決定ではない。そうすればその当然の帰結として右訴訟の被告は都道府県選挙管理委員会となるので、法は市町村選挙管理委員会が被告となる場合を全く予想していない。よつて本件訴は却下されるべきものである。

本案については主文と同旨の判決を求め、答弁としてつぎのとおりのべた。

一、請求原因のうち一および二記載の事実はいずれもこれを認めるが、同三の事実はこれを否認する。

二、原告には農業委員会等に関する法律第八条第一項にあたる事実がない。原告は三反一畝の農地について耕作の業務を営んでいるというが、同人は土地周旋を業とするものであつて、保谷町農業委員会の区域内には農地を所有しないし、耕作をしないことはもちろん、農業経営もしていない者なのである。したがつて、原告の当選を無効とみとめた被告委員会の決定は相当であつて、原告の請求は棄却されるべきである。

(証拠省略)

理由

まず原告が本件訴をおこすについて保谷町選挙管理委員会を被告としたことが適法であるか否かを案ずるに、原告は、被告委員会によつて管理執行された本件選挙において農業委員会委員に当選者とされたところ、訴外本橋利平から被告保谷町選挙管理委員会に原告の当選に関して異議の申立がされ、これにもとずき同委員会が原告の当選を無効とする旨の決定をしたこと、原告はみぎ決定を不服として東京都選挙管理委員会に訴願をしたところ、同委員会がその訴願を棄却する旨の裁決をしたので、原告は農業委員会等に関する法律第十一条、公職選挙法第二〇七条により当裁判所へ前記保谷町選挙管理委員会のした原告の当選を無効とする決定のとりけしを求めておこしたのが本件訴であることは当事者間に争いないところである。

してみると、原告が不服とする対象は、原告の当選を無効とされたことであつて、原告の当選を無効と宣言したのは被告委員会の決定である。本件のように、市町村選挙管理委員会が当選無効の決定をし、これにたいする訴願が都道府県選挙管理委員会の裁決によつてしりぞけられた場合には、訴願人はこの裁決にも不服なことはもちろんであるが、その不服は、市町村選挙管理委員会の決定が維持されたことにあるから、その不服とする内容である当選無効を決定した市町村選挙管理委員会を被告として訴をおこすこともゆるされると解するのが相当である。公職選挙法第二〇七条第一項の規定は、本件のような場合にも、必ず訴願裁決をした都道府県選挙管理委員会を被告とすべきものと定めたと解さなければならないほどのものではない。したがつて、本件訴の却下を求める被告の申立は理由がない。

よつて進んで本案の請求について審理をする。成立に争いない甲第一ないし七号証、乙第一号証、公文書であるから反対の証拠ないかぎり成立を認むべき乙第二号証、証人加藤スミ、加藤忠夫の各証言、原告本人尋問の結果(一部)に本件弁論の全趣旨をあわせると、原告の父亡加藤勘蔵は生前保谷町に六反歩ほどの畑地を所有していたが、もと小学校教員を職とし、退職後は保険の勧誘などをして生計をたてていたため右土地を耕作することなく栗梅などを栽培するにとどまつていたが、終戦後昭和二十一年ころから食糧難を打開するため樹木を切つて耕地とした、原告はそのころまだ出征したままであつたが昭和二十三年秋復員し、父勘蔵や毋スミとみぎ土地を耕作して約四年間過ぎた、昭和二十七年七月七日勘蔵が死亡した後は原告は土地を耕作することをやめ、川崎市の某工場に勤務したり他人のため選挙運動をしたり、みずから農業委員になつたりして暮すようになつた、さきに父勘蔵死亡ののち昭和二十七年中に毋スミから原告らを相手方として前記土地について遺産分割の申立があり同年十一月六日東京家庭裁判所八王子支部で調停が成立し、その結果「原告哲夫は父勘蔵の遺産のうち北多摩郡保谷町大字下保谷字南宮ノ脇八四九番ノ一畑一反五畝二歩の内東側一反歩を取得しかつ祖先の祭祀を主宰する者となる、みぎ以外の不動産、農器具その他の動産など遺産に属するものはすべて毋スミの所有とする」旨定められた、原告は右取得した一反歩の土地は間もなく他に売却し、その後今日まで自分の土地を所有していないし、毋の所有となつた土地を耕作する権利も得ていないし、またこれを耕作しているような事実もなく、昭和三十年十一月中妻とともに毋スミや弟忠夫、典夫らから別居し肩書住所の借地に家を建てて住み、昭和三十一年十一月二十四日には不動産取引業の登録をうけている、かような事実を認めることができる。

原告本人尋問における供述中みぎ認定に反する部分は信用しがたく他にそれを左右するにたる証拠はない。証人高田善七、相原源蔵、岡村安太郎、高橋作右衛門、高田清の各証言中には原告が昭和三十一年まで耕作をしていたような供述があるがこれらによつてはいまだ前記認定をくつがえしてみぎ耕作の事実を認めるまでの心証はえられず、かえつてこれら証言の他の部分によると原告が少くとも昭和三十二年一月以降は少しも耕作に従事することなく、また家族のものに土地を耕作させてこれを監督しているような事実もないことが明瞭となるのみである。

原告は、耕作を放棄したのではなく被告らの妨害によつて耕作ができないと主張するが原告本人尋問の供述中これにそう部分は信用しがたくその他にみぎ主張を確認できる証拠はない。

すなわち原告は本件選挙の施行された昭和三十二年七月十六日当時農業委員会等に関する法律第八条第一項にいわゆる「一反歩以上の農地につき耕作の業務を営む者」でなかつたことが明白であるからみぎ選挙について被選挙権を有せず、したがつて原告の当選は無効といわざるを得ないのである。

よつて本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 谷口茂栄 満田文彦)

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